micsora
今回「R」として一緒に出演させて頂いた劇団「うたたね.」
(うたたねどっと)女優・演出家の三國裕子さん。
とにかく人間愛と演劇愛と猫愛に溢れ、
これまでの功績に奢ることなく、若輩者の私にも丁寧に
接してくださって、年下の役者や演出家とも積極的に
作品づくりを続けられる、これってスゴいことだと思う。
しかも酔ったらますます楽しくお喋りもハギレ良くて
打ち上げでもいっぱい笑わせて頂いた。
そんな裕子さんは、昭和40年代に芝居の世界に入り、
若いころは東京で柄本明さんや風間杜夫さんと共演したり、
つかこうへい作品に出演されていたという。
その後も研鑽を積まれNYにも2度演劇留学を果たし、
演劇の奥深さを学ぶ。このまま東京でご活躍かと思いきや
故郷の石巻に帰られるのである。
「芝居は都会だけのものではない」と石巻でパブを
経営しながら旗揚げの準備。
そして平成5年に一人芝居「うたたね」を立ち上げる。
「夢見心地のふんわりしたとしたような気持ち良い空間を
つくり出してみたい」から「うたたね」と名付けられたという。
なんて裕子さんらしい、素敵なネーミングなんだ。
と書きつつも補足。裕子さんご自身は「夢見心地のふんわり」
とは別の顔を持ち、現実をしっかりと見据えた情熱的な
お芝居をされ、沢山のスタッフさんを束ね率いてゆく
パワーの持ち主だ。
今回の石巻演劇祭のオープニングイベントに参加した際
石巻の演劇史なるポスターが貼ってあったのだが
そこには「役者・演出家 三國裕子」の名前がずらり。
それだけ沢山の作品を石巻の方々に届けてこられてきた。
また子どもたちに夢を持って欲しいとの思いで
演劇を教える立場でもいらっしゃる。
つまりは石巻の演劇は三國裕子さん無しには語れない。
それは石巻市から表彰されるわけである。
▶ コロナ過ならではの作品に挑戦!
そんな裕子さんに昨年はどんな風に過ごされていたのか
お聞きしてみた。東京とは感染者の違いはあったものの
その緊張感は石巻でも変わらず、最初の緊急事態は
ほとんど家を出ない暮らしをされていたという。
裕子さんにはご家族がいらして多くの演劇人が
そうであるようにご家庭の仕事もある。
裕子さんには演出家のご主人とお年を召したご家族もおられ
色々と気遣うことも多かったという。
「ようやく震災から10年を迎えるって時にこんなことが、ねえ」
と開口一番こぼれたこの言葉が印象的だった。
震災とコロナはもちろん違う。
しかし、生活が制限され命が脅かされ、コミュニケーションも
取りづらく役者にとっては“生活”である「芝居」が
できなくなるという点では様々な困難を乗り越えてきた
裕子さんにとっても厳しい現実であったのでは
ないだろうか。
懐かしい初めてお会いしたのは2019年の初秋
それから数か月が経って、芝居のレッスン等できない中で
教え子たちから「三國先生、何かやってもらえませんか?」
と連絡が。そこで裕子さんは考えた。小さな物語を書いて
パペットを手作りして人形劇を撮影。それに音楽家の方が
マンドリンで音楽をつけてくださって素敵な作品が誕生する。
それを生徒の皆さんにLINEで送ったりされたそうだ。
この時期、アーティストは誰もがお互い離れていても
一緒に作品を創る術を模索したが、ここでも温かい作品が
生まれていた。
ほどなくして、先ほどご紹介した龍太さんから「ピーピングトム」
出演のオファーが届く。裕子さんは快諾した。タイトルは「忌」。
震災後の老夫婦の物語で妻が夫の誕生日を
ささやかに祝う一日を描く、というストーリー。
数々の一人芝居や舞台を経験してきた裕子さんでも
さすがに1対1の”覗き見”舞台への出演は初めてだという。
「なんかね、今まで感じたことのない緊張感だった。
たった一人に見られてるいうだけじゃなくて、
しかも4センチの穴から見られているっていうのがね、
ふつうは上手から下手までずらっとお客様が並んで
その席が何列もあって見られてるわけじゃない?」
ううう、演じてみたい。改めて想像してもまたもや
ゾクゾクするのは私だけ?
この体験は改めて観客だけでなく演者にとっても貴重だ。
ソーシャルディスタンスを精神的にぶっこわしていく試み。
アヴァンギャルド!
そしてこの上演で、龍汰さんは「のぞき見の兄ちゃん」
なる称号を授かったらしい(笑)
西日本新聞:記事
▶ 仙台で「咆哮」の再演が実現!
こちらは”いしのまき演劇祭”での様子
こうしてベテラン女優の裕子さんが初めての体験を
されたその数ヶ月後、一昨年のいしのまき演劇祭で上演した
「咆哮」の再演を果たすことになる。
「仙台舞台芸術フォーラム」(東日本大震災後の舞台芸術に
焦点を当て、2019年度から3ヵ年にわたり開催する
プロジェクト)が2021年の1月~3月、仙台・石巻
そして福島で発表された作品の再演およびトークを開催。
昨年の上演を見た関係者の方から上演をオファー
されていたのだ。会場は仙台の演劇文化の中心地
「せんだい演劇工房10-BOX」。
行われたのは2021年2月7日。
オンライン生配信にて全国にも届けられた。
そこで集まった売上金はすべて
震災伝承団体である3.11みらいサポートさんに
寄付されたという。
河北新報の記事には本公演について
「震災から10年。「伝承演劇」という呼び方が
生まれた日となった」とし、キャストの渾身の演技の
模様がレポートされ「仙台のお客様ひとりひとりに
”何か”が伝わった」と締めくくられていた。
そう本作は受け継いで伝えられてゆくべき作品なのだと思う。
▼石巻かほくさんによる本公演に関しての掲載記事はこちら
https://kahoku.news/articles/20210220khn000045.html
裕子さんは「仙台に進出できたことが本当に嬉しかった。」
と仰っていた。個人的には東京でも上演した頂きたいな。
「仙台公演 中央は夫であり本作の脚本を書かれた文明さん」
▶ 裕子さんの愛情深さに触れられて
このようにこの1年近くの間で裕子さんは様々な演劇に
チャレンジされている。ご高齢のご家族もおられる中で
どれだけ気をつけていても感染リスクがないとは言えない。
それでもこうして様々な世代の方と混じって、
新たな試みに挑戦される姿は、月並みだけど
演劇への愛なのだなあと。
役者としての”性”なのだなあと。
そして若輩者の私が想像できないような
裕子さんのただならぬ想いがきっとあるのだと思う。
そんなご自身の大変な中にも、私の舞台のオンライン配信が
あるとご覧くださったり
FBに投稿すると励ましのコメントを入れてくださったり、
その温かな人間性に何度も勇気づけられた。
この場を借りて、裕子さん、ありがとうございます。
そして、映像でも皆さんに伝わったかと思うが
うたたね.のキャスト・スタッフの皆さん
あったかくて楽しくて最高です!